マッキンゼーの人事で十数年働いていた人。 全体を通して、日本の社会におけるリーダーシップの認識のズレについて述べています。
Summary
日本の優秀な人の定義はだいたいずれている。
自頭のいい人、知識が豊富な人、協調性がある人。 悪くないがグローバルスタンダードじゃない。
マッキンゼーの採用基準は、答えを出すよりもまずは思考のプロセスを図って、その人がどれだけ深くまで考えることができるか、リーダーシップを発揮できそうか、などのポテンシャルをみているそうです。
知識や経験はあくまで手段にすぎなくて、それをどう成果に反映させるかという目的意識と思考力がもっと大事ということです。
地頭のいいだけでなく、思考の体力や習慣のある人。
広い知見があれば、やることがより明確に見えてきます。 また、リーダーシップは全員に必要な能力と言っています。目的を持っていれば進む方向も定まるし、わがままに自説を押し通すこともない。 日本のことわざに『船頭多くして船山に登る』などという皮肉がありますが、ここでの船頭は、自分の主張を押し通す人であって、リーダーとは違う。 要はリーダーシップとは、全体最適を考えられるかどうか、自分ごとと捉えられるか。 自分の人生の主導権を握れるかどうかだと思います。
中央集権的なシステムは、価値観が似ていて結果が想定しやすい場合には機能していた(戦後復興期の日本はその状態でした)。 が、今や衣食住は満たされつつあり、メディアも増えたため価値観が多様化していて、中央集権的なシステムでは間に合わない。つまり、個々でのその場の判断が求められる時代です。
仕事をする上で重要な事を追加で。
チーム全体のモチベーションを保つために、あるべき論が語れる人
→理想を置かないと、そこから逆算して日々の行動に結びつけることができないし、価値観の異なる人達に同じ方向を向かせることが出来ません。
常にバリューを意識する。
→会議で発言しなければ、そこに参加した意味が無い。会社にとってただのお荷物になる。他の仕事も同様で、常に自分が成果に繋がるような言動を意識し続けなければいけない。
まずはポジション、考えを明確にせよ
→客観的で中立的な意見など、誰でも考えられるしつまらない。自分がどうしたいか、どこまでリスクを取りにいけるかなどを考えた上で素直にコミュニケーションをとる。
日本では、『自分の始末は自分でつける』という価値観があり、それは日本人の美徳だけど、ビジネスの場でそれを優先すべきかどうかは微妙です。自分の美徳を貫くことじゃなくて成果を出すことが目的だからです。